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大阪地方裁判所 昭和61年(人)10号 判決 1987年1月07日

請求者

甲田春代

右代理人弁護士

寺沢勝子

被拘束者

甲田優

右代理人弁護士

黒田京子

拘束者

乙口一

拘束者

乙口ナツ子

右両名代理人弁護士

田中美春

主文

被拘束者を釈放し、請求者に引き渡す。

手続費用は拘束者らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求者

主文同旨

二  拘束者ら

1  請求者の請求を棄却する。

2  被拘束者を拘束者らに引き渡す。

3  手続費用は請求者の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の理由

1  請求者は、昭和五七年九月一〇日、被拘束者を出産した被拘束者の親権者である。拘束者乙口一(以下「拘束者一」という。)は、被拘束者の実父であるが、認知はしていない。拘束者乙口ナツ子(以下「拘束者ナツ子」という。)は、拘束者一の妻である。

2(一)  請求者は、昭和五六年ころから拘束者一とつき合うようになり、将来同人との結婚の約束がかなうことを期待して内縁関係を継続し、妊娠しても中絶することなく被拘束者を出産し、拘束者一の認知をする旨を信じて現在に至るまで被拘束者を養育してきた。ところが、拘束者一は、請求者らの生活費を負担し、請求者方に一週間に一回か一〇日に一回位の割合で行き来はしていたものの、現在に至るまで拘束者ナツ子と離婚して請求者と結婚しようとはせず、また、被拘束者に対しても認知しようとはしていない。

(二)  請求者は被拘束者とともに大阪市鶴見区所在のマンションに居住していたところ、拘束者一は、昭和六一年一二月二日、請求者方に来て、請求者と被拘束者を伴つて請求者の車で近所に買物に行こうとした際に、被拘束者が行きたがらなかつたことに立腹し、被拘束者をひきずり倒したり、右車に灰皿を投げつけるなどした。そこで、請求者は、同日午後七時ころ被拘束者を連れて右マンションを出、近所の請求者の実家(請求者肩書地)へ戻つたところ、同日午後九時ころ、拘束者一から「マンションの鍵と車の鍵を持つて来い。別れ話に決着をつけよう。」との電話がかかり、翌日にしてくれと一旦は拒否したものの聞き入れられなかつたので、仕方なく、被拘束者を伴つて右鍵を渡しに行つた。そこで、拘束者一は、「優、お外のお風呂へ行こう。」等と言つて被拘束者を連れ出そうとした。請求者は、先に拘束者一が灰皿を投げつけるなどしたばかりでもあり、被拘束者を奪い返そうとして怪我でもさせてはいけないとも考え、結局その場では何らの手だても打つことができなかつた。拘束者一は被拘束者を自宅に連れ去り、拘束者ナツ子とともに現在も被拘束者を拘束している。

(三)  その後、請求者は、拘束者らに被拘束者の引渡を申し入れたが、拘束者らはこれを拒絶した。

3  以上のとおり請求者は、被拘束者の実母、かつ親権者であり、被拘束者が生まれてから今日まで養育してきた。一方、拘束者一は実父ではあるが認知もせず親権者でもないし、拘束者ナツ子に至つては被拘束者とは何ら関係もない。したがつて、拘束者らの被拘束者に対する拘束は、何らの権限にも基づかず、請求者の親権を侵害するもので違法である。しかも、拘束者ら方で被拘束者を拘束することは、被拘束者の心身に悪影響を及ぼすばかりでなく、拘束者一は被拘束者の拘束を手段として請求者との関係を修復しようとしており、被拘束者の人格を全く無視するものである。以上のことを考えれば、一日も早く迅速な手続により被拘束者を請求者の手に戻すべきである。

4  よつて、請求者は、人身保護法(以下「法」ともいう。)第二条及び人身保護規則(以下「規則」という。)第四条に基づき被拘束者の即時釈放及び請求者への引渡を求める。

二  請求の理由に対する認否及び反論

1  請求の理由1の事実は認める。

2  同2中、

(一) 同(一)のうち、請求者と拘束者一が将来結婚する約束をした事実及び被拘束者を認知する約束をした事実は否認し、その余の事実は認める。

請求者は自己中心的かつわがままな性格で、自分の子供である被拘束者に対しても母親としての対応を欠くことが多く、この点について度々拘束者一から注意を受けてもまつたく耳を貸そうとはしなかつた。一方、拘束者一は、請求者、被拘束者及び請求者の家族を含めてその幸せを願い、辛抱を重ねながら、人間としての真心をもつて対応を行なつてきた。すなわち、請求者に対しては毎月三〇万円の生活費を渡し、その他に、請求者には、生活必需品、家財道具の他、車も渡し、そのガソリン代も払い、被拘束者の身の回りの品も買い与え、また請求者の家族には種々の便宜を与え、さらに、請求者ら家族のため家を買い与えることまで検討していたものである。

拘束者一は、確かに認知こそしていないが、拘束者ナツ子と相談の上、養子として被拘束者を養育する用意がある。

(二) 同(二)のうち、拘束者一が昭和六一年一二月二日請求者の車に灰皿を投げつけるということがあつたこと、請求者が同日午後七時ころ被拘束者を連れて請求者の実家へ戻つたこと、拘束者一が同日午後九時ころ請求者に対しマンションの鍵と車の鍵を持つて来るよう電話したこと、請求者はこれに応じて被拘束者を伴つて右鍵を渡しに来たこと及び拘束者一が同日午後一〇時ころ被拘束者を連れ出し現在も拘束者ナツ子と共に被拘束者と暮らしていることは認めるも、その余の事実は否認する。

請求者は、拘束者一に対し、被拘束者を養育するよう申し向けて、被拘束者一の下に残したままマンションの自分の荷物をまとめて出て行つてしまつたものである。拘束者はこれを受けて、被拘束者を引き取り養育していくことを決意し、請求者に対し「これでいいんですね。」と何度も念を押したが、請求者は翻意しなかつた。請求者に同行していた請求者の母親も被拘束者に別れを告げていたのである。したがつて、拘束者らの被拘束者の監護は請求者の意思に基づくものであり、決して違法なものではない。

(三) 同(三)の事実は認める。

請求者は被拘束者の引取りを申し入れてきたが、右監護に至つた経過からして今さら被拘束者を返せということは不合理であること、拘束者らは養女として被拘束者を育てて行くことを返答したため、物別れとなつたものである。

3  同3の主張は争う。

拘束者らは、請求者との合意の下に被拘束者を監護しているもので、欺罔等まつたくなく平穏に拘束を開始したもので、法第二条及び規則第四条にいう拘束の違法性はない。

被拘束者は現在請求者の下に帰ることを拒絶しており、この被拘束者の自由な意思を先ず尊重すべきである。

しかも、拘束者ナツ子、拘束者らの娘夫婦も事情を理解したうえ被拘束者の養育につき全面的に協力してくれており、被拘束者も拘束者ら家族になつき、元気に過ごしている。したがつて、被拘束者の幸福を考えるとき、請求者の下で暮らすよりも、拘束者らの下で暮らすことの方が被拘束者の幸福にかなうものである。

4  同4の主張は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求者が、昭和五六年ころから配偶者のある拘束者一と付き合い、昭和五七年九月一〇日、その間の子である被拘束者を出産したが、被拘束者は拘束者一から認知されておらず、請求者の単独親権に服するものであること、拘束者一は、妻である拘束者ナツ子とともに現在被拘束者と共に肩書住所地で生活していることは当事者間に争いがない。

二ところで、被拘束者は現在四年三月余の幼児であり、かかる幼児が自らの身分関係を理解しその行為と結果につき合理的判断をなしうる意思能力に欠けることは言を俟たないのであつて、拘束者がこのような意思能力のない幼児である被拘束者を手許において監護する行為は当然被拘束者の身体の自由の制限を伴うものであるから、その監護自体が法及び規則にいう拘束に該当するというべきである。

三ところで、本件のように親権を有する者が何らの法律上の権限を有しない者に対し、人身保護法により親権に服すべき子の引渡しを求める場合には、請求者に被拘束者を引き渡すことが明らかにその幸福に反するとの特段の事情のない限り、たとえ、拘束者の監護が平穏に開始されかつ現在の監護方法が一応妥当であつたとしても、拘束者の被拘束者に対する拘束はなお規則第四条にいう顕著な違法性を失わないというべきである。

これに対し、拘束者らは、右は親権者である請求者から被拘束者の監護養育を委ねられたことによるもので、法律上の権限に基づかないものではない旨主張するのでその経過についてみるに、前記当事者間に争いのない事実に<証拠>によると、請求者(昭和三九年九月一九日生)は、昭和五六年ころから親許を出て妻子ある拘束者一(昭和一三年六月二八日生)と男女関係を継続し、特に被拘束者の出生後は母子ともに過分ともいえる生活費の援助を受けて今日に至つたものであること、拘束者一は、請求者母子をマンションに住まわせて週に一度ないし一〇日に一度の割合でその許に通うという生活が続いたが、請求者が時折その母や近隣の者に被拘束者を預けて外出することに、母としての自覚に欠けるとの自分なりの不満を抱き、一度ならず争いも存したこと、昭和六一年一二月二日、前記マンションで些細なことから別れ話になり、その際、請求者から「子供を連れて何もできんくせに。」となじられたことから成行上拘束者一も「被拘束者は私の手で育てていいんですね。」と応答したのに対し、請求者は肯定も否定もせずに荷物をまとめて一旦親元に帰つたが、翌々日の同年一二月四日には母親とともに拘束者ら方を訪れて被拘束者の引渡しを求めたにもかかわらずこれに応じてもらえなかつたこと、以上の事実が一応認められる。

右事実によると、その前後の経過からして請求者、拘束者一の言葉のやりとり自体を捉えて監護委託契約が成立したものとは到底言えず、かりに一旦これが成立したと仮定しても、翌々日来今日まで請求者が拘束者らに対し、被拘束者の引渡しを求めているのであるから、右合意は有効に取り消された(なお、右のような合意は、事柄の性質上請求者の一方的意思表示により有効に取り消しうるものと解される。)というのが相当である。

そこで、本件において、請求者に被拘束者を引き渡すことが明らかにその幸福に反するとの特段の事情が存するか否か検討する。

拘束者らは、被拘束者が請求者よりも拘束者らの下で監護される方が被拘束者の幸福につながる旨主張する。前掲各証拠によると、拘束者一は、認知こそしていないものの、現在被拘束者の父として従前同様相当の愛情をもつて同女を監護し、請求者に比して経済的生活基盤も強固たるものがあるうえ、被拘束者も拘束者らに懐いていることは一応認められるが、一方、請求者も出生来今日まで被拘束者を膝下で養育監護し、まずまずその監護に欠ける点のなかつたこと、請求者は、現在、新聞配達等に従事する実母の下(肩書住所地)に同居し、自らも和服着付、和裁等の内職に従事しており、今後被拘束者を監護するにつき支障はないことも一応認められ、被拘束者を請求者に引き渡すにつき、明らかに被拘束者の幸福に反するものとの特段の事情も存しないから、請求者の本件請求は正当である。

四よつて、請求者の本件請求を認容し、法第一六条三項により被拘束者を直ちに釈放し、被拘束者が幼児であることに鑑み規則第三七条によりこれを請求者に引き渡すこととし、本件手続費用の負担につき法第一七条、規則第四六条、民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官古川正孝 裁判官渡邉安一 裁判官川口泰司)

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